講堂の豪奢な西洋風の扉を潜り抜けてみると、そこは色とりどりな一面の花盛り。
ああ、これが女子校なんだ! これぞ花園なんだなあ!
「ダザイ先生、どうなさいました!? ハンケチ、使います?」
「いや失敬、由緒正しき講堂の雰囲気に圧倒され、のぼせ上がってしまったようでして。ははは」
学長が貸してくれたピンクの花柄ハンケチで鼻血を拭いながら、チラリと周囲を盗み見た。
よかった、誰も気づいていない。ここでキザにキメられなくては、幸先が悪いからな。
なるたけクールな面持ちを装いつつ、先に壇上に上がった学長からの呼び出しを待った。
期待と不安の入り混じったような女生徒たちの好奇なまなざしがココロやコカンに突き刺さる。
この緊張はまるでナイフみたいに尖っては盗んだバイクで走り出す青少年の気分だ。なんのことやらよくわからんが、とにかく尋常ではない状況下であることが伝われば、それでいいのだ。
「生活はいかに豊かになろうとも殺伐とした事件が絶えることのない飽食の現代、心の豊かさが見直されています。そこで本学におきましても諸君の心のケアにまで気を配った真の総合教育の場を目指したく、本日からココロのプロフェッサーを迎え入れることと相成りました。皆さんのなかにも新聞やテレビで見聞きしたことがある人も少なくないのではないでしょうか。世界的な活躍ぶりも目覚しい心理療法士のダザイオサムシ先生です!」
 盛大な拍手を背に、いざ壇上へ。
「あームホン! オホッゴホッ、ゲホゲホゲホ! ただいま紹介に預かりしました、心理療法士のダザイオサムシです。学長から大げさなご紹介を受け戸惑っておりますが、要は近所の話し好きな気のいいアンちゃんだと思って、いやいや、もはやオッサンですけれど、ともかくどんな内容でもかなわないので、いつでも気軽に話しに来てほしい。お嬢様がたの精神的成長のバックアップに、些細ながらも貢献できれば幸いであります。どうぞ今後ともよろしく」
 なんとかうまくまとまったかなと気を抜いた、その時。
「ダザイセンセー、チョー素敵!」
どこからともなく、黄色い声援が!
 思わず目を向けると、何ともウブいハイネのような君の瞳。
「1年Q組のハメスギアユミでーす! センセーのご本、愛読してます!」
「まじで? もとい、ありがとう。覚えておくね」
 アユミタンの投げキッスを尻目に、あくまでクールに退場。
最初からあんまりガツガツするは、ひかえんとな。
その後も朝礼が続くというので、私はメモ用の極秘ノートと万年筆を出した。
「そのノートは何ですの?」
「ああ、これはですね、生徒たちの精神状態を大まかにメモしているんです」
「遠目で分かるものですか?」
「あくまで参考程度ですがね」
「素晴らしいですわねえ。それに仕事熱心な方。安心しておまかせできそう」
「頼りにしてください」
実はこれ仕事なんかではなく、ただ単にお気に入りの生徒数名をピックアップしているのだ。クラスと名前と特徴をつぶさにチェックしていく。
朝礼が終り解散する生徒たちのうちの数名を、さっそく私は呼び止めた。
「私は表情を見ただけで悩みがあることがわかるのだよ」
適当なことをいって、後でカウンセリングルームまで来るように言う。
「はーい! すぐいきまーす!」
何人かが一斉に返事をくれた。
なんて素直なコばかりなんだ! 
明日から頑張るぞ! 
むふふ。
むははははははは!
げへへへへへへへへ!
がほっがほっ!
げほげほげほ!