三木谷浩史『たかが英語!』レビュー

たかが英語!

たかが英語!

※書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」掲載レビューと同じです。

・100字レビュー

06年に世界2位だった日本のGDPが、50年には6位にまで下がる予測を憂えた楽天の経営者が、大規模な海外進出を見据えた「社内公用語の英語化」なる奇策によって「されど英語」と力説する日本復興への指南書。

・長文レビュー(4,223字)

IT革命以降「世界企業」としてグローバルに支持されるITサービスは、GoogleAmazonFacebookTwitterといったアメリカ企業ばかりで、日本のIT企業が肩を並べられないのは何故かと以前から気になっていた。

その理由は「言葉の壁による情報共有の遅れが要因」であるとし、日本のIT企業が世界企業になるためには「英語化」が必須だとするのが、本書にて明かされる楽天株式会社の会長兼社長の著者による見解だ。

楽天の業務の中核となっている「楽天市場」は、日本の中小企業や個人商店とネットユーザを仲介する巨大なオンライン・ショッピングモールとして大きな存在感を持つ。更に楽天銀行楽天証券電子マネー楽天Edyなど、幅広い分野で「eコマース(電子商取引)」を展開している。

また2005年11月2日には50年ぶりの新規参入球団として、プロ野球チーム「東北楽天ゴールデンイーグルス」の運営を許可されるなど、日本では良く知られている企業だ。「福岡ソフトバンクホークス」の発足は同年11月30日以降なので、「東北楽天ゴールデンイーグルス」はIT企業として初めての快挙だった。

本書ではその楽天の会長兼社長である著者が、「社内公用語を英語にする」という前代未聞の決断に至るまでの紆余曲折を詳らかにすると共に、そもそも楽天という会社が、いかなる未来を見据えて経営されてきたかということも教えてくれる。

日本人向けの日本企業が社内公用語を英語にする戦略に対し、ネットやテレビや新聞や雑誌などといった各種報道機関からは、好奇のまなざしが向けられ、賛否両論の声が寄せられたという。けれども本書によれば、楽天は既に海外進出に着手し始めており、台湾やタイやインドネシアといったアジア諸国版の楽天市場が開設され、なおかつアメリカやフランスなど欧米にも子会社を持っている。

海外進出のきっかけはゴールドマン・サックスにより2006年に予測された、2050年の日本経済の凋落が大きく影響していたそうである。2006年当時、日本のGDP国内総生産)はアメリカに次いで2位だったが、2050年には中国が1位、インドが2位、アメリカが3位、ブラジルが4位、ロシアが5位、そして日本はインドネシアと並ぶ6位にまで下がるというのだ。その理由は2050年までの間に日本の労働人口が当時の半分近くにまで減り、一方で成長力の目覚ましい中国やインドに追い越されてしまうからだ。

かつて日本で仕事に必須とされてきた「読み、書き、そろばん」は、21世紀の今や「読み、パソコン、英語」に置き換わっていて、ビジネスにおけるパソコンの重要性は既に浸透され切っているものの、英語ということになるとアジアの中でも日本は遅れているというのだ。

しかもそのパソコンを使って作られるネットサービスの先端技術の多くは、まず英語で発信されるというのに、英語力のない日本のエンジニアの多くが、その情報を翻訳によって知るまでに2年もの歳月を要することもあり、もうその頃には時代遅れの技術になっていることも少なくないという。そんな絶望的な状況を打破するためには、何としても海外進出する必要があり、そのための大きな武器になるのが「英語」だと著者は考えたわけである。

その背景には、中学から大学まで多くの時間を費やして学習してきたのに、殆ど英語を使いこなせていない日本人が余りにも多いことへの義憤があった。その問題意識から、本書は「たかが英語!」と名付けられたが「世界企業」の仲間入りを果たすための条件として「されど英語」とも著者は言う。

日本の英語教育が役立たないのは、あえて実用的でない学習をさせることで、英語に苦手意識を持たせる「言語鎖国」なのではないかと推測する。それによって外資流入を避け日本企業の利益を守ってきたつもりが、既にその方法は通用しなくなっていて、逆に経済を停滞化させていると。

だからビジネスに役立つ実用的な英語学習を行うためには、日本の教育機関のように和訳・英訳を基本とするのではなく、英語を英語のまま理解できる「英語脳」を身に付けることが必要と考えた。

言われてみれば確かに、たとえば「インターネット」という言葉を使う時、それを「電脳空間」などと脳内翻訳する日本人は滅多にいないだろう。和製英語やネット用語として日本語に組み込まれた単語レベルであれば、英語が苦手と思っている日本人でも英語を英語のまま理解できている。

そしてまた中国やインドから来日した楽天の外国人社員が、わずか3カ月ほどで日本語を話せるようになることに着目し、英語化を実践するためには、何よりその環境作りが必要と考えた。

それが「社内公用語」の導入による「英語化=Englishnization(イングリッシュナイゼイション)」なる著者の造語に基づき、着実に「世界企業」への道筋を作るべく、たった2年間で7,000人にも及ぶ全社員が英語を使えるようにする「壮大な実験」に繋がった。

すぐに日本語を覚えた外国人社員が仕事や生活上で日本語と接してきた3カ月を根拠に「英語習得に必要なのは約1,000時間」と考え、2010年からの2年間を準備期間として、本書の発刊された2012年7月1日から正式に「英語公用語化」が開始された。

これまで楽天が行ってきた「KPI(重要業績評価指標)」と呼ばれる成果を数値化することで情報を共有する「見える化」の手法を用いて、英語化の達成度を測る基準として、英語を母語としない受験生の多い「TOEIC」の点数が選ばれた。「TOEIC国際コミュニケーション英語能力テスト)」は、ヒアリング100問とリーディング100問を2時間で解く形式で、スピーキングやライティングに至る前段階として導入された。

その受験を定期的に受けさせると共に、全社員が参加する朝会や、役員による会議、部署の日報、社内SNSなどを徐々に英語化させていき、2012年4月には全業務の8割ほどが英語によって行われるようになったという。

そこに至るまでの反応や成果は年齢や部署などによって大きく異なっており、社会人になってから25年も英語を使わずにいた40代の執行役員のケースや、英語化後に採用された新卒社員など、多方面に及ぶ学習法の検証がなされた。

短期間で高い成果を挙げた社員の勉強法を共有することで、それぞれの社員の置かれた環境や点数に沿った学習方法が提案され、立案から1年半でTOEIC平均点を161点もアップさせることができたという。

TOEICの満点は990点であり、最初のテスト時の平均点は526.2点だった。日本の大卒者の平均点は450点なので、日本企業として悪い数字ではないが、目標として掲げられたのは、役職なしの社員で600点、役員で750点だったため、大半の社員が達成できていない状況だったことになる。

中国・韓国・台湾におけるTOEIC受験者の平均点は順調に上がっていて、いずれも2005年の時点で既に、楽天社員の平均点を上回っていた。そして日本だけがほぼ横ばいであることは、確かに危機感を覚えずにいられない。もとから英語の達者な社員は1割しかおらず、それがわずか1年半で社員の9割が目標点を達成しているのは驚愕すべき事実である。

そもそも著者自身の英語体験が楽天創業の基礎になっているという。小学生の頃に大学教授だった父親と共に渡米し2年間を英語で過ごしたが、日本に帰国して3カ月で殆ど忘れてしまい、大学を出て銀行に就職後、MBA経営学修士)取得のためハーバード大学に留学したが、その際に改めて英語の猛勉強に励んだ経験により、普段から英語に接する機会の必要性を痛感していたそうである。

そしてそのハーバード大学で知り合った級友や教授らと英語で議論したことから産まれたのが楽天のビジネスモデルだった。1997年に楽天市場を開業した際に日本で「ネットで買い物する人はいない」などと周囲から言われたりしたというのは、今では考えられないことだ。

そんな経緯もあって当時と同様に「社内公用語を英語にするなんて」と幾ら日本で言われていても、創業時のように常識が変わる確信があるのだと。また役員から新入社員にいたるまで全社員平等に英語の使用を強制させた点も独特である。しかもTOEICの点数が昇進の条件ともされ、地位が上になるほど点数が必要とする徹底ぶりだ。

本書では社員から寄せられた証言も引用されており、あえて英語のできない社員を海外に転勤させたり、その逆に日本語のできない海外社員を日本に呼び寄せたりすることで、英語への抵抗感をなくすことに成功した事例が紹介されている。

日本語をないがしろにするというような否定的意見もあったが、むしろ英語化によって日本の文化を世界に広められるのだと著者は力説する。海外進出のために行われてきた海外企業の買収において、著者が最も重視してきたのは語学力やITスキルではなく、楽天独自の企業戦略に同意してくれるかを最優先してきたという。

それにより日本で成功した本社のビジネスのノウハウを、買収した海外子会社の事業に組み込む「輸出」のみならず、海外子会社の利点を本社に「逆輸入」することもあるそうだ。その時に必要となってくるのが互いのコミュニケーションの密度であり、そこで問われる語学力は英語を母語とするネイティブ並みの正確さではなく、英語を母語としないグローバル言語としての「グロービッシュ」であるという。

細かい文法や正確な単語はさておき、とにかくコミュニケーションがとれることが大切で、最初はボキャブラリーが少なくとも、根気強く何度も分かりやすく言い換えることによって、いつの間にか英語力が身に付き、その結果として海外子会社との連帯意識も高まってゆく。

言語による国内外のコミュニケーションの壁さえなければ、世界中の情報共有を加速化することができるようになり、日本経済の衰退を喰いとめることができるだろう。そう信じてやまない著者は、楽天の海外進出が成功していくことで、社内公用語の英語化のメリットが証明されることになり、更に他の日本企業も英語化されていくことで、日本は繁栄するという。

楽天の1ユーザに過ぎず英語の苦手な僕も本書を読んでみて焦りを感じ、これから先、日本のあらゆる場所が英語化される未来に備えたいと思った。