藤川桂介『宇宙皇子(うつのみこ)』全52冊レビュー

・100字レビュー

中学生の頃に一番勉強のできる級友から薦められた「進研ゼミ」の書評欄で紹介されていて、通算20巻の「天上編」まで読んだ。「テレビゲームみたいな感覚で読める」と評していたレビュアーが誰だったのか気になる。

・長文レビュー(約1,800字)

1980年代の後半、中学生の頃に一番勉強のできる級友から薦められた「進研ゼミ」の書評欄で紹介されていて、通算20巻の「天上編」まで読んだ。「テレビゲームみたいな感覚で読める」と評していたレビュアーが誰だったのか気になる。

西暦672年に朝廷で起きた政変「壬申の乱」を含む「飛鳥時代」が舞台になっていて、主人公・宇宙皇子は頭に角の生えた鬼っ子として迫害された末に、伝説の修験者として知られる役小角(えんのおづぬ)の下にひきとられ、次第に霊力を発現させることで暗躍することとなる。

そんなこともあってこの作品には当時の政治や民衆の生活に関する細かい描写が数多くあり、歴史に興味のある子供には面白い小説として受け入れられたが、歴史嫌いには難しいかもしれない。その辺りはすっ飛ばして、主人公が能力を得て闘う成長物語だけを追うだけでも面白い。

それを称して「テレビゲームみたい」ということだったようだが、当時もう既に人気のあったRPGドラゴンクエスト』のように奥深い世界観を知る愉しみもあったりしていて、なおかつ当時は珍しかった日本の飛鳥時代の話ということもあって、人気のシリーズだった。

この流れは小山ゆう『あずみ』にも似ているが、あずみは女の子だったのに対し皇子は男の子。他にも小角の下で育てられた仲間がいて、やはり『あずみ』を想起させる展開だが、このシリーズが始まった頃はまだ『あずみ』は発表されていなかった。

そもそも『あずみ』は1573年から30年ほど続いた戦国時代から江戸時代に渡る話なので、どちらかというと飢饉の時代を生き抜く子供を描いたジョージ秋山『アシュラ』に近い印象。主人公のアシュラに角はなかったものの、人肉を喰って生きる点で鬼のような子供だった。

けれども『アシュラ』の舞台は室町時代らしいので、飛鳥時代となれば更に700年ほど昔になる。室町時代は足利家が政権を握った1336年から、1573年に織田信長が将軍を追放するまでの237年間で、そこに至る1185年から1333年の148年間が、源頼朝や北条家が支配した鎌倉時代である。

更に遡り794年から1185年の391年間は、桓武天皇が京都の平安京で国を治めた平安時代に当たる。その平安時代の前は710年の平城京から794年までの84年間の奈良時代であり、そこに至るまでの592年から710年の118年間が『宇宙皇子』の舞台「飛鳥時代」ということだ。

あまりに古すぎる時代なので、政治や民衆の生活描写といっても、もちろん参考文献を漁るなどしていたのは当然として、想像力でカバーされた部分も多いだろう。特に役小角は本当に存在していたのかも疑わしい仙人的な存在ということもあって、そういう点でも『ドラクエ』における「ドラゴン」のようにファンタジックなイメージが喚起される。

また小角や皇子の使う呪術がゲームに出てくる魔法に似ている感じもあって、ファミコンに気をとられがちな中学生にも入り込みやすく、人気のシリーズだった。このレビューのように面倒な歴史年表なども出てきて『進研ゼミ』が読ませたがる理由も分かる。

近年「歴女(れきじょ)」と呼ばれる歴史好きの女性たちが好むのは戦国時代や幕末が中心に思われるが、彼女たちに支持された女性向けシミュレーションゲーム遙かなる時空の中で』の舞台は平安時代。『源氏物語』の時代だったこともあり、そこまでは何とかサポートされていても、その前の飛鳥時代にまで遡っていたのは、今にして思うと斬新な着眼点だった。

著者の藤川桂介は『マジンガーZ』など多くのアニメを手がけた脚本家として知られていて、本書の挿絵を担当した「いのまたむつみ」もアニメのキャラデザイナーとして活躍していたから、今のライトノベルがアニメ化されやすいのと同様に、角川のアニメーション映画にもなった。

けっきょく僕は20巻までしか読んでいないが、14年をかけて1998年に完結したそうである。本編は48冊あり、スピンオフ的な拾遺集も4冊でていて、合計52冊にも及ぶ一大巨編だ。他にも著者の書いた歴史モノはあって『天之稚日子(あめのわかひこ)』は神の御代の国造りの話。そこまで行くと完全にファンタジーの世界だが、今作は史実と夢想の境界を丹念に編みあげていた。


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