ブログ文体の系譜

思わせぶりなタイトルと裏腹に、いつも通りの無意味極まりない駄文を垂れ流すだけだったりする予定なので、過度な期待に胸ときめかせつつ日記タイトルをクリックされたと思しき人生ライフや仕事ビズ、芸術アート、性交セクースその他諸々の分野における仰げば尊し和菓子もとい吾が師の皆様方におかれましては、ふつつかでふしだらな二日酔いの不思議ちゃんの伏目がちな細目ごちたる夕餉の誘いに似てこそすれ、物憂げににして憐れなりにけり、十月十日は「萌の日」ですものね。嗚(ああ)! こりはまた何とせう、あたくしとしたことが斯様な程に尻滅裂ではトワイライト誰彼問わずゲダラウェイでござんすな。あいや待たれい、そこな若人(わこうど)或いはまた「かつて若人であった方々」よ! ここら辺りでちったァお利巧なセンテンスにシフトせにゃなるめェことは百も承知の松竹梅。いっそここら辺りで何らかの考察めいた文節をひらめきましたよ! そもそもブログというのはレスをつけられる日記の総称ではなくあらゆる項目にリンクが張りめぐらされることで相互的に情報量を深めていく実に機能的なメモとでも言うべきものであり、そういう意味では昨今言われているような日記のことではないような気もするのだけれど、社会の様相を反映して変化していくのが言語の定めという考え方もあることだし、とりあえずそれはそれでええジャマイカ。それはまあ慥かにそうだとして問題は「ブログ文体」である。そんなものがあるのかどうかすら定かではないが、僕が勝手に言ってるだけだったりするような気がしまいでもないが、さにあらず。厳然として間違いなくそのようなものがあるのだよ、関口君(by 京極堂)。そもそも何故ゆえにこんなことを思ったかというと、ネット上に溢れるブログやら日記やら掲示板やらの膨大かつボーダレスでノンジャンルにしてプログレッシヴな文章の洪水に溺れつつネットサーフィンならぬネットダイブしていると眩暈がするほどだが実際のところなかなかどうして秀逸な文章が散見されることもあながち嘘ではないという按配なわけだね、まさに。そこで吾輩の浅はかなる愚問がニュルリと汚くトグロを巻くニダ。これほどまで隠れた名文家が揃っていることが判明したIT革命円熟の時代において、果たしてモノカキという商売が成立するものなのか。しかし同時にそれが勘違いであろう可能性も否めない。どうせテレビや雑誌の構成作家や人気コラムニストの文体が身についているだけのことだろうとも思えるからである。とはいえやはり僕自身が文才と呼べるものを持ち得ぬがゆえの嫉妬に基づく発想ともいえよう。さすればこの文章、最初から最後まで一貫して意味がないのであろうか。まさか、その通りである。これは単なる穀潰しの暇潰しなのであるからして、お目こぼしなり起き上がりこぼしなりどうぞごゆるりとおくつろぎおくんなまし。まあそんなわけで。どんなわけで? こんなわけで! ここまで読んで下さった方は絶対に何かレスしてくれなんて脅迫めいたことは断じて言わないつもりだなんて言わないよ絶対。でもレス貰えたら嬉しかったりしなかったり。。。なんて書いてみるテスト。足袋は床ずれ、余は満足じゃ。溺れるものは(藁)にもキレる。てなわけで、また来世! 1470文字


※関連リンク【どうでもいい独り言】
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