ショートショート『兄さんの日』

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「節分だか接吻だかセックスだか、豆撒きだか恵方巻きだか後藤真希だかしらねぇが、兄さんをのけものにしておいて、勝手に行事をすすめるのは断じて許さん!」
 
 兄さんが狂った。
 というより、もともと狂っていたのかもしれない。

 狂という字は「王」に「ケモノ偏」で。
 この「王」は本来「まさかり」を意味するものだったらしく。
 マサカリかついでクマにまたがった金太郎状態。

 兄さんの名前は金太郎もとい、マサカリ・クサヲなのである。
 それはさておき。

「いいか皆、よく聞きやがれ。平成23年2月3日を、兄さんの日に制定する。提案者は兄さん。賛同者も兄さん。父の日や母の日があるのだから、あってもいいじゃないか」

 すると弟くんや妹ちゃんが「兄さんだけズルい!」と言い出した。
 姉さんも「兄さんらしくないわね」と呆れている。

「兄さんは天下のブラック大学を出てんだ。何をしても許される身分なんだよ」
「だったらもっと知的な説明くらいしてみせたらどうなの、クサヲ?」
 不遜なことをのたまう兄さんに、母さんがつっかかる。

「よかろう。今日はちょうど旧正月なんだ。新正月の兄さんみたいなものだろ?だから兄さんの日。これでどうだ?」
「まあ、いいでしょう。それで我々に何をしてほしいわけ?」

「とりあえず、今日だけは兄さんを王子と呼べ」
「王子、次は何がお望みですか?」
「腹が減った」
恵方巻きと豆撒き用の豆しかございませんが」
「苦しゅうない。よこせ」

「ちょい待てや、ゴルァ!」
 鬼の形相で父さん登場。
「クサヲのくせに生意気だ! 貴様のような愚息に喰わすもんはない!」

「こんな子に着せる服もないわ。テメーラ、剥いちまいな!」
 まさかの母さんによる援護射撃。 
「時は来た! それだけだ!」

「ギニヤー!」
 奇声を上げてワラワラと、姉さんと弟くんと妹ちゃんが、兄さんにまとわりつく。

「ゲゲゲ! おいこら、やめろよ、こそばゆいじゃないか、フヒヒヒヒ!」
 くすぐり攻撃に耐えかね無抵抗と化した兄さんは、身ぐるみ剥がされ生まれたままの姿に。

「鬼は外!」
 父さんと母さんが、兄さんを標的にして、豆を装填したマシンガンをぶっぱなす。
「アウチ! 素肌にこれは、マジ勘弁」

 兄さんが逃げ込んだ自分の部屋からも、容赦ない豆つぶて。
 姉さんと弟くんと妹ちゃんが、先回りしていたのだ。

「おにーはそと!」
「お兄は外!」
「そういうことか! くっそ、こんな家、出てってやる!」

 そのまま外へ出たはいいものの、何も着てないものだから、寒くてたまらない。
 かといって戻るわけにも行かず、考えた末に交番へ。

「なるほど、自宅に帰れないというわけか。で、どうして全裸なの?」
「服はウチにあるので」


(工藤伸一)