掌篇『某提督の孫娘』

 部屋のドア越しに長女へ声をかけた。
「パパだ。勉強は捗っているか?」
 返事がないけれど留守ではあるまい。
 何か書いているような物音が聞こえる。
「どうした。悪いが入らせてもらうぞ」
 やはり学習机に向かっている背中が見えた。
「勉強中か。声に気付かないとはすばらしい集中力だ」
 机の上を覗き込もうと近づいたところで娘が振り向いた。
「なに勝手に入ってるの!」
 そう怒鳴りつつ耳からイヤフォンを外す。
「ごめん。音楽を聴いてたのか。声はかけたんだよ」
「だから何。許可も得ず入るなんてサイテーだろ!」
「いや、いるのに返事がないのは親として心配だし」
「そんなこといって娘の部屋が見たいだけなんだろ、このクソ提督!」
「親に向かってクソとは何だ。つーか提督?」
「しまった。何でもないよ」
「いや、大事なことだぞ、これは。ちゃんと説明しなさい」
「ゲームの台詞だよ。海軍をテーマにした」
「そりゃ奇遇だな」
「何がよ。まさかパパもやってるの?」
「それが『艦これ』なら言う通りだ」
「何かイヤだな。まあ男性向けだし仕方ないか」
「パパは良く海軍の話をしていただろ」
「そんなこと覚えてないよ」
「お前がまだ幼い頃だったな。何がキッカケで始めたんだ?」
「自分の名前と同じ軍艦があると聞いて」
「そりゃそうさ。それが元ネタだからな」
「軍艦から名付けたの?」
「名付け親のグランパは提督だったからね」
「マジすか。もしかして自分も乗ってた船?」
「らしいよ。もう詳しいことを訊けないのが残念だ」
「でも何か当時のものとか残ってないの?」
「あるはずなんだ。しかもこの部屋に」
「どうしてここに?」
「だってお前は同じ名前なんだから」
「それで隠しておいたってこと?」
「なのかな」
「じゃあ何で教えてくれなかったの?」
「忘れてたんだ。でもクソ提督って呼ばれて思い出した」
「酷いこと言ってゴメン」
「いいんだ。勝手に入ったのは事実だから」
「ありがとう。それでその遺留品、何とか見つけられないかな?」
「せっかくだから捜してみよう。でも手掛かりがないんだよ」
「もしかして机の引き出しかな。グランパからのプレゼントだったし」
「そのセンはあるな。使ってない引き出しなんてあるのか?」
「ないけど、奥の方に隠れてたりしそう」
「じゃあ捜してみてくれ。机の中を見るのは気が引ける」
「当たり前でしょ。とりあえず部屋の外で待ってて」
「わかった」
 リビングのPCで『艦これ』の任務をこなしつつ待つことにした。
 ちょうどデイリー任務を終えた頃、娘が走り寄ってきた。
「パパ、あったよ!」
「でかした。それで何が見つかったんだい?」
「写真」
「船のか?」
「ううん。美人さん」
「誰かな?」
「分かるわけないでしょ」
「それもそうだ。とにかく見せてくれ」
「まさか。あの艦娘に瓜二つじゃないか!」
「ビックリよね。しかも私と同じ名前の船だし」
「グランパがゲームの開発に関係していたとか」
「ないでしょ。パソコンとか全く触ってなかったもの」
「だよな。でも企画段階ならパソコンなくても可能だ」
「まあ、キャラデザインとか、手書きで出来るもんね」
「気になるな。とにかく調べてみよう」
「どうやって?」
「思い出した場所があるんだ。お前も行くか?」
「もちろん」
「分かった。すぐに着替えて出るぞ」
「パパは着替えなくてもいいのに」
「そうもいかない。お前はこれを着なさい」
「準備は出来たか?」
「出来たけど、どうしてセーラー服なの。もう大学生なのに」
「歳は関係ないだろ。原型は水兵さんの制服だからな」
「つーかパパも提督みたいな恰好しててウケる!」
「グランパの遺品だ。こういうことでもないと使う機会ないし」
「何だか楽しくなってきた!」
「パパもだ。しかし気を抜いて慢心するなよ」
「もちろん。準備は万端よ」
「じゃあ、行こうか」
「イエッサー!」
 思えば娘と出かけるのは何年ぶりだろう。
 ママは息子と仲良しなのに父娘は難しいもんだ。
 グランパと『艦これ』に感謝しなくちゃな。
 それにしても軍服を着ると気持ちが引き締まる。
 というより自分が戦地にいるような気分になってくる。
 娘も同じだろうか。
 いや、単なるセーラー服だったな。
 まあとにかく、鬼が出るか蛇が出るか。
 不安だが、娘といれば大丈夫だろう。
「パパ、何か言った?」
「セーラー服、まだまだ似合うな」
「なのです!」(了)