掌篇『3Dプリンタ2113』1,268字「第10回 てきすとぽい杯」16作品中14位

 新型ウィルスを抱えた巨大隕石の落下によって、人類以外ほとんどの動植物が死滅した。人間だけ生き残れたのは、他の生物には含まれない抗体が存在したからだ。保存食で耐え忍びながら抗体について調査してみたところ、遠い昔に火星から飛来した隕石の中に起源と思しき成分が見つかった。つまり人類の祖先は火星から来たと考えられる。

 火星には氷があるなど地球と似通った環境があるため、生物の住んでいる可能性は以前から指摘されていた。食料が枯渇しつつある状況では、そこに望みをかけるしかなかった。世界中の技術者を総動員したプロジェクトによって、昼夜の気温差の激しい火星に基地を作ることが出来た。

 そして本当に人が生きるために必要な栄養を十分に持つ動植物を発見することに成功。宇宙飛行士たちは狩りをしまくって滋養を満たし、ようやくこれで同胞を救えると安堵した。ところが困ったことに、それを地球に届ける手段がなかった。というのも火星の住民は寿命が非常に短く、死ぬと人に害を為す猛毒が全体を覆うからだ。極限にまで宇宙船の性能を高めてみたところで、火星から生物を輸送するのは困難だった。

 いっそ誰もが火星に移住してしまえたらいいのだが、距離や宇宙船の性能の問題もあり、それを実現するためには途方もない時間がかかってしまう。自ら宇宙船を作る財力を持つ一部の特権階級の中には、多くの人間を見捨てて自分たちだけ火星に逃げてしまう者どもも少なくなかった。けれど大半の人は地球で飢餓に苦しみ続けた。

 そこで活躍することとなったのは、3Dプリンタである。21世紀初頭から100年を経た今、3Dプリンタはすっかり日常的な家電として普及していた。それを火星の基地に大量に送り込み、動植物を生きたまま地球まで転送することによって、ついに人類の危機は免れることとなった。

 ただし火星でスキャンされた生き物を地球の3Dプリンタで再構築するために必須な材料が欠けていた。もともと地球にあった肉や野菜を再現するためのインクは隕石と共に使い物にならなくなっており、人体から採取する研究も試されたが抗体との相性が悪く、他の有機物を生産するには至らなかった。

 もはや絶望的な未来しか視えなくなっていたところへ、過去の遺物となってしまっていた映画のフィルムに、インクとして使える成分が見つかった。それによって無機物を発酵させると、火星からの生き物を再構築できることが分かった。無機物が発酵するというのは妙な話だが、どうやらそれは過酷な火星に生きる上で好都合だったらしい。それと同じものであれば問題なく地球上でも生きていられるのだ。

 かくして人類の存亡は意外にも3Dプリンタによって救われることとなった。だがしかし、ウィルスによって失われてしまった在来種の味や香りや風情を懐かしむ者は多く、本来の地球を取り戻すために不断の努力を続けなくてはならない。いかに自分たちの源流が他の星だったとしても、外来種たる人類の営みを支えてくれてきた大自然への恩返しは、我らの尊厳を保つためにも絶対に避けて通れない課題なのである。(了)