掌篇『爆睡都市』

 目が覚めたら電車の中だった。既に停車している。しこたま呑んで爆睡していたのだ。しばらく座ったまま呆けていると、発車する気配がない。どうやら終電のようだ。でも何か変な感じがする。空気が違うというか。まあ酔っ払いだし、おそらく変なのは自分の感覚の方だろう。

 意識が回復してきたところで車内を見まわしてみると、まだ大勢の乗客が残っている。事故で停まっているのかもしれない。隣の人に訊こうとしたら、眠りこけている。反対側の人も同じだ。とりあえず席を立ち車外にでようとしたら、何かにつまづいて転んでしまった。

 何が落ちていたのか確認してみると、床の上には座れなかった人たちが倒れ込んで眠っている。これは尋常じゃない。踏まないように気を付けながら運転室に向かう。運転手も眠っている。何てことだ。しかし事故らなかったのは停車後に眠りだしたせいだろうか。

   ※

「運転手さん、終点ですよ」と全身を揺り動かしてみたら、彼は何とか目を覚ました。あくびをしながら「おはようございます」と返してきたので、まだ寝ぼけているようだ。「呑気なことを言ってる場合じゃない。ここ運転席ですよ」「本当だ。でも電車が止まっていて良かった。そういや終点だ」「電車を止めてから眠ったんですか?」「さあね?」「とにかく他の乗客を起こして下さい」「言われなくてもやります」「眠ってたくせに偉そうな」

   ※

「お客さん、終点ですよ」「僕に言ってどうするんですか」「失敬。これも仕事ですから」そう言いながらまた眠ってしまった。再び起こそうと思ったが、態度も悪く役に立ちそうにないから、他を当たることにしよう。

 車外に出てみると、更に異様な光景が広がっていた。ホームには大勢の人々が突っ伏して眠っている。鉄道員たちも例外ではない。駅に何かが起きている。これは非常事態だ。睡眠ガスによるテロの類だろうか。このままでは僕もまた眠ってしまいそうだ。

 焦りを感じつつ改札を出ると、外も同じだった。駅前の交番に立ち寄ってみたが、出動中で誰もいない。電車の出入り口は停車時に開いていたからホームなど外も全滅だったが、自動車ならガスの被害を免れた可能性がある。そう考え車道に目をやると、所々から炎が立ち昇っている。

 クルマが事故りまくっているのだ。並んでいるタクシーを窓越しに覗いてみると運転手も眠っている。窓を閉めていても駄目だったらしい。居眠り運転のクルマが一斉に衝突したのだろう。

   ※

 街全体がテロにあったのだとすれば、一般人の力ではどうしようもない。110番にかけるしかないと考え、ポケットにしまったはずのケータイを探したが見つからない。泥酔していたから落としたのか、それとも寝ているうちにスリにあったのか。困り果てていると事故車の群れの中にパトカーを見つけた。

 窓を叩いてみたが反応がない。近くにあったポールを引き抜いて窓ガラスを割り、そこから手を入れて鍵を開けた。そして直に起こそうとしたが、警官の寝息がない。寝ているのではなく死んでいるのだ。まあ交通事故だから仕方ないよな。

 そんなこと言ってる場合じゃない。僕が目を覚ましたのなら、他にも起こせる者がいるかもしれない。そこで誰彼かまわず試してみたが、上手くいかない。そうこうしているうちにまた睡魔が襲ってきた。

   ※

「お客さん、終点ですよ」そう声をかけられて目を覚ました。ぼんやりしたまま記憶を辿り「酷い夢を視たものだ」と安堵するも、その安息は悪夢と何ら変わらぬ光景によって即座に打ち消された。街中で覚醒している者は他に誰一人なく、居眠り運転に起因する交通事故の多発で車道は焦土と化している。

 のみならず多くの建物が燃えているのは、火器の不始末によるものだろう。深夜とはいえ、都心から長距離帰宅してきた住人の就寝時刻には、まだ早い。彼らを相手にする飲食店の厨房が火元となり、それが燃え移ったのだろう。まるで大空襲を受けた後のようだ。もはや何をすればいいのかすら分からない。それにしてもどうして自分だけ起きているのか。ようやく不可解な点に気づいた。

   ※

「お客さん、終点ですよ」と言ったのは誰か。そもそも電車の中で一人だけ目覚めた時にも、それと同じ言葉を聞いた気がする。しかし運転手は運転室で眠っていたし、自分が座っていたのは座席の真ん中だったから、ホームにいた鉄道員とも考えにくい。とにかく今は声の持ち主を探すしかない。とはいえ何の手がかりもない状況では動きようがない。方法を考えあぐねている内、再び眠りに落ちていった。

   ※

「お客さん、終点ですよ」そう声をかけられて目を覚ました。いつの間にか電車の中にいる。しかも普段と何の変わりもない普通の車内だ。長い夢を視ていただけだったんだな。泥酔していたせいだろう。仕事が絶不調なもんで、ストレスが溜まっていて。クビを免れるためにも、せめて明日も早く出社しないといけないのに。

   ※
  
「お客さん、終点ですよ」そう声をかけられて目を覚ました。すると今度は焦土の中だ。夢を現実と混同していただけだった。でも本当にそうなのだろうか。頬をつねって確認してみると、全く痛くない。古典的な手法ではあるが、信じるよりないだろう。多分まだ夢の中なのだ。

 いつの間にか体が浮上していることに気づいた。飛ぶ夢は久しぶりなので嬉しくなってきた。しかし意思の自由は効かず、高度ばかり上がっていく。こんなのは初めてだ。どんどん街が遠のいて、日本列島や地球も越えて、見知らぬ場所で止まった。誰か近づいて来る。

   ※

「お客さん、終点ですよ」そう声をかけられて目を覚ました。と思いきや、今度は起きたままだ。どういうカラクリだろうか。そこで気が付いた。この声は何度も聞かされ続けてきたものに間違いない。駅前の惨状を思い出して怖くなった。普通の人間ではあるまい。正体を探ろうと顔を見たら、自分にソックリで驚いた。

ドッペルゲンガーですよ」「聞いたことがある。会うと死ぬとか」「正確には死ぬと会えるんだけどね。いわゆる死神さ」つまり「人生の終点」という意味だったのか。それにしても繰り返し聞かされていたのが、まさか自分の声だったとは。そういや録音すると違って聞こえたりするもんな。

   ※

 周囲はボンヤリしていて、もう一人の自分以外には何も見えない。「ここは天国、それとも地獄?」「さあね?」はぐらかされて嫌な気分になったが、相手も自分なので怒るのも気が引ける。それから何の変化もないので、暇つぶしに世間話でもしてみると、非常に馬が合って楽しい。自分同士だから当然か。

 そしてそのまま今に至る。こんなことでいいのか悩ましいけれど、生前のストレスは跡形もなく消え失せていた。それに自問自答から繰り出される発想は、自分自身からすれば面白いものばかりだ。ただそれのみと戯れる時間が無限に続く心地よさ。案外これは天国なのかもしれない。(了)

掌篇『殺りに行けるアイドル』

「可愛さ余って憎さ百倍」なんて言葉があるように、愛するからこそ壊したくなるものだ。そんな心の隙を見事に突いてみせたのが、アイドルグループ「BKA49」だ。名前の由来は「バンバン殺せるアイドルだけど死ぬのは苦しい」だとか。CD付属のマーダーライセンスを集めれば、好きなだけ推しメンを殺められる。何度でも蘇るのは、もともと死んでるゾンビだから。でも痛覚は残ってるため、生々しい断末魔がファン心をくすぐる。

※念のため書いておきますが、これは握手会での襲撃事件が発生する少し前に、競作サイト「てきすとぽい」にて公開されたものです。「BKA」は単にグループ名を逆にしただけですが、怪我をされた川栄さんが同名ユニットのセンターだったりしたので、僕が疑われたら困るなと思いましたが、現行犯で良かった。もちろん死者が出なかったことにも安堵しています。別に僕自身がこんなことしたいわけじゃなくて、そういう危険性もあるだろうって警鐘を鳴らしたつもりでした。でも本当に事件が起きてしまったのは残念。まあ僕の文章を読む人なんて殆どいませんから当然なことですね。

掌篇『雨の日は動けないから』

 部屋に籠りきりで小説を書き続けている。「これぞ晴耕雨読って奴だな」と思ったら「雨の時こそ畑の様子が気になるもんだ。農業なめてんじゃねーぞ」って脳内農家に叱られた。続けざま「雨の日は書くのではなく読むのだよ」脳内小説家にたしなめられて。「晴れは仕事、雨は読書。いつ小説を書けばいいのですか?」「貴様の頭は救いようのないほど曇っとるな」なるほど曇りか。でも此処には窓がないため書くのを止めて途方に暮れる。

掌篇『屍体の其の下には』

 櫻吹雪を探せども舞い散るはただ血飛沫ばかり。屍体の其の下に埋まっていると語ってくれた友人の幻視を手掛かりに発いてみたらば本当に種子を見つけた。これを育てれば咲くのだろうが何十年かかることやら。花見なる儀式がこんなに大変だとは思いもよらなかった。屍体を作るのは簡単だったというのに理不尽きわまりない。仕方なく肴を並べた屍体盛りで花を添えつつ一人酒にて夜を明かした。これが意外に愉しめたゆえ来年も殺ろう。

掌篇『タイーホされた不沈艦』

「このヒト不沈漢です」「署まで来てもらおう」「僕は殺人未遂の被害者ですよ。溺死させられそうになって」「問題はそこじゃない。あんな重しを着けられて浮かんでいられるのが妙だ。お前は船か?」「船も沈むでしょ。『艦これ』の艦娘みたいに」「あれはソープで働かされるって意味さ。DMMは本来アダルトサイトだぜ」「ところであの女は?」「風呂に沈めた」「警察がそんなこと」「あ、署じゃなくて所ね。ここヤクザの事務所」

掌篇『廃業記念日』

 フリーランス仲間の就職が決まったので集まることになった。「就職おめでとう」「めでたくなんてねーよ」「何いってんだ。普通に羨ましいよ。安定した暮らしが出来るようになったんだから」「単なる廃業さ。一人で食ってけなかったって意味じゃ」「まあ、そうとも言えるな」その1年後。「廃業記念日の集い」とやらに呼ばれてみたら、他にも就職者が沢山いた。それ以来かつての仲間から「廃業記念日」の知らせが毎日のように来る。

掌篇『改行記念日』

「私たち付き合って長くなるわね」「そうだな」「そろそろ改行しても良いと思うの」「それってプロポーズ?」「みたいなもの。本当は貴方から言ってほしかったんだけど」「ごめん、気が利かなくて。言いそびれてたんだ。もう改行しているような状態だったから。改めて行くよ。僕と改行してください!」「……はい」「ありがと。じゃあ早速」「そんな急に?」

「これからもヨロシクな」
「嬉しい。今日は改行記念日ね。忘れないでよ」